アル・マーイダ · 64/120
翻訳 ローマ字 — スーラ アル・マーイダ
وَقَالَتِ الْيَهُودُ يَدُ اللَّهِ مَغْلُولَةٌ ۚ غُلَّتْ أَيْدِيهِمْ وَلُعِنُوا بِمَا قَالُوا ۘ بَلْ يَدَاهُ مَبْسُوطَتَانِ يُنفِقُ كَيْفَ يَشَاءُ ۚ وَلَيَزِيدَنَّ كَثِيرًا مِّنْهُم مَّا أُنزِلَ إِلَيْكَ مِن رَّبِّكَ طُغْيَانًا وَكُفْرًا ۚ وَأَلْقَيْنَا بَيْنَهُمُ الْعَدَاوَةَ وَالْبَغْضَاءَ إِلَىٰ يَوْمِ الْقِيَامَةِ ۚ كُلَّمَا أَوْقَدُوا نَارًا لِّلْحَرْبِ أَطْفَأَهَا اللَّهُ ۚ وَيَسْعَوْنَ فِي الْأَرْضِ فَسَادًا ۚ وَاللَّهُ لَا يُحِبُّ الْمُفْسِدِينَ ۝٦٤
Wa qaalatil Yahoodu Yadullaahi maghloolah; ghulla aideehim wa lu`inoo bimaa qaaloo; bal yadaahu mabsoo tataani yunfiqu kaifa yashaaa`; wa la yazeedanna kaseeramm minhum maaa unzila ilaika mir Rabbika tughyaananw wa kufraa; wa alqainaa bainahumul `adaawata wal baghdaaa a` ilaa Yawmil Qiyaamah; kullamaaa awqadoo naaral lilharbi at fa-ahal laah; wa yas`awna fil ardi fasaadaa; wal laahu laa yuhibbul mufsideen
📖 日本語意味
ユダヤ人は,「アッラーの御手は縛られている。」と言う。縛られたのはかれらの手で,そう言ったことによってかれらは見限られた。いや,かれの御手は広く開かれて,御心のままに,惜しみなく与えられる。だがかれらの多くは,主からあなたに啓示が下されたのを見て,きっと反抗と不信心を増長しよう。われがかれらの間に投じた敵意と憎悪とは,本当に復活の日まで続くであろう。かれらが戦火を燃やす度に,アッラーはそれを消される。またかれらは,地上において害悪をしようと努める。だがアッラーは,害悪を行なう者を御愛でになられない。

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翻訳 — Tafsir

語句の意味

  • يَدُ اللَّهِ مَغْلُولَةٌ: アッラーの御手は縛られている(けちである)という意味。
  • غُلَّتْ أَيْدِيهِمْ: 彼らの手が縛られた、つまり善行から妨げられた。
  • مَبْسُوطَتَانِ: 広げられた両手(豊かに与えられる)。
  • طُغْيَانًا: 反抗、横暴。
  • أَلْقَيْنَا بَيْنَهُمُ الْعَدَاوَةَ وَالْبَغْضَاءَ: 彼らの間に敵意と憎悪を投げ込んだ。

解釈

ユダヤ教徒たちは、自分たちに旱魃や貧困が襲った際に、アッラーが彼らに糧を惜しんでおられると誤解し、「アッラーの御手は縛られている」と述べました。これはアッラーをけちであると誹謗する重大な言葉です。これに対してアッラーは、彼らの手こそ善行から縛られ、その言葉ゆえに慈悲から遠ざけられると応じられました。

実際には、アッラーの御手は広く開かれており、ご意志のままに、誰にでも、いつでも、お望みの方法で惜しみなく糧を与えられます。アッラーは慈悲深く寛大なお方であり、その与え方には完全な英知があります。

そして、預言者ムハンマド(彼の上に平安と祝福あれ)に下されたクルアーンは、ユダヤ教徒たちの多くにとって、彼らの嫉妬と頑迷さゆえに、反抗と不信仰を増すだけのものとなりました。彼らは啓示が下るたびにそれを受け入れず、かえって敵意を強めました。

さらにアッラーは、ユダヤ教徒たちの間(またはユダヤ教徒とキリスト教徒の間)に、復活の日まで続く敵意と憎悪を投げ込まれました。彼らが預言者に対抗して戦いの火を灯すたびに、アッラーはその火を消し、彼らの企みを挫かれました。彼らは地上で腐敗を広めるために奔走しますが、アッラーは腐敗を働く者たちを愛されません。


このアヤからの教訓と恵み

  1. アッラーの完全な寛容さと豊かさ:アッラーは決してけちなお方ではなく、その慈悲と糧は無限です。私たちはどのような状況でもアッラーの豊かさを信じ、感謝の心を持ち続けるべきです。
  2. 言葉の重大さ:アッラーに対する不適切な言葉は、たとえそれが冗談や誤解からであっても、重大な結果を招きます。信仰者はアッラーの尊厳を守り、その御名を敬いをもって唱えるべきです。
  3. 嫉妬と頑迷さの危険性:真理が示されても、嫉妬や高慢からそれを受け入れないことは、人をさらに迷いへと導きます。心を開いて真理を受け入れる謙虚さが大切です。
  4. アッラーの保護と勝利:イスラームの敵がどんなに策を巡らせても、アッラーはその計画を無に帰されます。信者はアッラーの約束を信じ、決して絶望してはなりません。
  5. 腐敗の回避:アッラーは腐敗を働く者を愛されません。私たちは地上で正義と平和を促進し、腐敗や悪事から遠ざかるよう努めるべきです。


📜 節 62-66 — スーラ アル・マーイダ

62وَتَرَىٰ كَثِيرًا مِّنْهُمْ يُسَارِعُونَ فِي الْإِثْمِ وَالْعُدْوَانِ وَأَكْلِهِمُ السُّحْتَ ۚ لَبِئْسَ مَا كَانُوا يَعْمَلُونَ
かれらの多くが,互いに競って罪悪と反逆にはしり,禁じられたものを,貪るのを見るであろう。かれらの行うことの何と醜悪なことよ。
63لَوْلَا يَنْهَاهُمُ الرَّبَّانِيُّونَ وَالْأَحْبَارُ عَن قَوْلِهِمُ الْإِثْمَ وَأَكْلِهِمُ السُّحْتَ ۚ لَبِئْسَ مَا كَانُوا يَصْنَعُونَ
なぜ聖職者や律法学者は,かれらが罪深いことを語り,または非法なものを貪るのを禁じないのか。かれらの行うことの何と醜悪なことよ。
64وَقَالَتِ الْيَهُودُ يَدُ اللَّهِ مَغْلُولَةٌ ۚ غُلَّتْ أَيْدِيهِمْ وَلُعِنُوا بِمَا قَالُوا ۘ بَلْ يَدَاهُ مَبْسُوطَتَانِ يُنفِقُ كَيْفَ يَشَاءُ ۚ وَلَيَزِيدَنَّ كَثِيرًا مِّنْهُم مَّا أُنزِلَ إِلَيْكَ مِن رَّبِّكَ طُغْيَانًا وَكُفْرًا ۚ وَأَلْقَيْنَا بَيْنَهُمُ الْعَدَاوَةَ وَالْبَغْضَاءَ إِلَىٰ يَوْمِ الْقِيَامَةِ ۚ كُلَّمَا أَوْقَدُوا نَارًا لِّلْحَرْبِ أَطْفَأَهَا اللَّهُ ۚ وَيَسْعَوْنَ فِي الْأَرْضِ فَسَادًا ۚ وَاللَّهُ لَا يُحِبُّ الْمُفْسِدِينَ
ユダヤ人は,「アッラーの御手は縛られている。」と言う。縛られたのはかれらの手で,そう言ったことによってかれらは見限られた。いや,かれの御手は広く開かれて,御心のままに,惜しみなく与えられる。だがかれらの多くは,主からあなたに啓示が下されたのを見て,きっと反抗と不信心を増長しよう。われがかれらの間に投じた敵意と憎悪とは,本当に復活の日まで続くであろう。かれらが戦火を燃やす度に,アッラーはそれを消される。またかれらは,地上において害悪をしようと努める。だがアッラーは,害悪を行なう者を御愛でになられない。
65وَلَوْ أَنَّ أَهْلَ الْكِتَابِ آمَنُوا وَاتَّقَوْا لَكَفَّرْنَا عَنْهُمْ سَيِّئَاتِهِمْ وَلَأَدْخَلْنَاهُمْ جَنَّاتِ النَّعِيمِ
啓典の民がもし信仰して主を畏れるならば,われはかれらのすべての罪障を抹消して必ず至福の楽園に入らせるであろう。
66وَلَوْ أَنَّهُمْ أَقَامُوا التَّوْرَاةَ وَالْإِنجِيلَ وَمَا أُنزِلَ إِلَيْهِم مِّن رَّبِّهِمْ لَأَكَلُوا مِن فَوْقِهِمْ وَمِن تَحْتِ أَرْجُلِهِم ۚ مِّنْهُمْ أُمَّةٌ مُّقْتَصِدَةٌ ۖ وَكَثِيرٌ مِّنْهُمْ سَاءَ مَا يَعْمَلُونَ
もしかれらが律法と福音,そして主からかれらに下されたものを順奉するならば,かれらの上からも足許からも,必ず(豊かに)糧を与えられるであろう。かれらの中には,正義を行う一団もいる。だが多くの者の行うところは,邪悪である。
アル・マーイダクルアーン目次
120
MedinanRevelation
64

翻訳 — アル・マーイダ 64

スーラ アル・マーイダ 節 64 - 読む, 聴く, 翻訳, 日本語 : ユダヤ人は,「アッラーの御手は縛られている。」と言う。縛られたのはかれらの手で,そう言ったことによってかれらは見限られた。いや,かれの御手は広く開かれて,御心のままに,惜しみなく与えられる。だがかれらの多くは,主からあなたに啓示が下されたのを見て,きっと反抗と不信心を増長しよう。われがかれらの間に投じた敵意と憎悪とは,本当に復活の日まで続くであろう。かれらが戦火を燃やす度に,アッラーはそれを消される。またかれらは,地上において害悪をしようと努める。だがアッラーは,害悪を行なう者を御愛でになられない。

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Tuesday, September 8, 2026

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