مَا أَصَابَ مِن مُّصِيبَةٍ فِي الْأَرْضِ وَلَا فِي أَنفُسِكُمْ إِلَّا فِي كِتَابٍ مِّن قَبْلِ أَن نَّبْرَأَهَا ۚ إِنَّ ذَٰلِكَ عَلَى اللَّهِ يَسِيرٌ ٢٢
🔤 Transliteration
Maaa asaaba mim musee batin fil ardi wa laa feee anfusikum illaa fee kitaabim min qabli an nabra ahaa; innaa zaalika `alal laahi yaseer
📖 翻訳 (日本語意味)
📖 日本語意味
地上において起ころ災危も,またあなたがたの身の上に下るものも,一つとしてわれがそれを授ける前に,書冊の中に記されていないものはない。それはアッラーにおいては,容易な業である。
🌐 Additional reference in 한국어
### 語句の説明
「مُصِيبَةٍ」(ムスィーバ) : 人に降りかかる災難や苦難のこと。地上の災害(旱魃や農作物の減少など)と、自分自身に関する苦難(病気や子どもの喪失など)の両方を含む。「كِتَابٍ」(キターブ) : ここでは「守られた書板(アル=ラウフ・アル=マフフーズ)」を指す。アッラーの御許にある、全ての出来事が記録されている書物。「نَبْرَأَهَا」(ナブラアハー) : 「それを創造する前に」という意味。ここでの「それ」は、災難そのもの、あるいは大地と人間自身を指す。### 解釈
あなたがた人間に降りかかるあらゆる災難は、大地におけるもの(旱魃、飢饉、農作物の減少、地震などの天変地異)であれ、あなたがた自身に関するもの(病気、貧困、子どもの喪失、不安や苦しみ)であれ、すべてアッラーの御許にある「守られた書板」に、それらの被造物を創造する以前から、あらかじめ記録されているのである。つまり、すべての出来事はアッラーの永遠の知識と定め(カダル)のうちにあり、偶然や無秩序に起こるものではない。そして、このように全ての物事を書板に記録し、それらを管理することは、アッラーにとっては極めて容易なことである。なぜなら、アッラーは全能であり、その知識と力は万物を包括しているからである。
### 導き出される教訓と益
この節から、私たちは以下の重要な教訓を学ぶことができる。
運命への確信と心の平安 : 全ての出来事はアッラーの御知識と定めのうちにあると知れば、困難や試練に直面したとき、不必要に焦ったり絶望したりせず、心を落ち着かせることができる。ムスリムは、起こったことに対して不平を言うのではなく、アッラーの定めに満足し、忍耐することを学ぶ。試練の意味の理解 : 災難は無意味なものではなく、アッラーの深い知恵によるものである。それは罪の清め、信仰の試練、あるいはより大きな報いへの道となる。この認識は、苦難を前向きに受け止め、より強い信仰へと導く。アッラーの全能性への畏敬 : 天地の全ての出来事が、創造の前からアッラーの掌握下にあることを知ることで、私たちはアッラーの偉大さと力を深く畏れ、謙虚になる。同時に、この全能のアッラーが私たちを守り、導いてくださるという信頼も深まる。努力と祈りの重要性 : 運命が定められているからといって、努力を放棄することは誤りである。イスラームでは、原因を追求し、努力し、祈ることが命じられている。この節は、結果はアッラーに委ねつつも、最善を尽くすことの大切さを教えている。このように、この節はムスリムに、人生のあらゆる局面でアッラーを信頼し、忍耐と感謝の心を持ち続けることの大切さを教えている。そして、この確信こそが、現世の苦難に揺るがない真の心の平安をもたらすのである。
مَآ أَصَابَ مِن مُّصِيبَةٍ فِي ٱلۡأَرۡضِ وَلَا فِيٓ أَنفُسِكُمۡ إِلَّا فِي كِتَٰبٍ مِّن قَبۡلِ أَن نَّبۡرَأَهَآۚ إِنَّ ذَٰلِكَ عَلَى ٱللَّهِ يَسِيرٌ ٢٢
地上において起ころ災危も,またあなたがたの身の上に下るものも,一つとしてわれがそれを授ける前に,書冊の中に記されていないものはない。それはアッラーにおいては,容易な業である。
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📜 節 20-24 — スーラ アル・ハディード
20 اعْلَمُوا أَنَّمَا الْحَيَاةُ الدُّنْيَا لَعِبٌ وَلَهْوٌ وَزِينَةٌ وَتَفَاخُرٌ بَيْنَكُمْ وَتَكَاثُرٌ فِي الْأَمْوَالِ وَالْأَوْلَادِ ۖ كَمَثَلِ غَيْثٍ أَعْجَبَ الْكُفَّارَ نَبَاتُهُ ثُمَّ يَهِيجُ فَتَرَاهُ مُصْفَرًّا ثُمَّ يَكُونُ حُطَامًا ۖ وَفِي الْآخِرَةِ عَذَابٌ شَدِيدٌ وَمَغْفِرَةٌ مِّنَ اللَّهِ وَرِضْوَانٌ ۚ وَمَا الْحَيَاةُ الدُّنْيَا إِلَّا مَتَاعُ الْغُرُورِ
あなたがたの現世の生活は遊び戯れに過ぎず,また虚飾と,たがいの間の誇示であり,財産と子女の張り合いに過ぎないことを知れ。(現世の生活を)例えれば慈雨のようなもので,(作物は)生長して不信心者(農夫)を喜ばせる。やがてそれは枯れて黄色に変り,次いで粉々になり果てるのをあなたがたは見るであろう。だが来世においては(不義の徒に)厳しい懲罰があり,また(正義の徒には)アッラーから寛容と善賞を授かろう。本当に現世の生活は,虚しい欺時の享楽に過ぎない。
21 سَابِقُوا إِلَىٰ مَغْفِرَةٍ مِّن رَّبِّكُمْ وَجَنَّةٍ عَرْضُهَا كَعَرْضِ السَّمَاءِ وَالْأَرْضِ أُعِدَّتْ لِلَّذِينَ آمَنُوا بِاللَّهِ وَرُسُلِهِ ۚ ذَٰلِكَ فَضْلُ اللَّهِ يُؤْتِيهِ مَن يَشَاءُ ۚ وَاللَّهُ ذُو الْفَضْلِ الْعَظِيمِ
あなたがたは主からの寛容(を請うため)に,相競って努力しなさい。それは天地の広さ程の広大な楽園で,アッラーと使徒を信じる者のために準備されている。これはアッラーの恩恵で御心に叶う者にそれを授ける。本当にアッラーは,偉大な恩恵の主であられる。
22 مَا أَصَابَ مِن مُّصِيبَةٍ فِي الْأَرْضِ وَلَا فِي أَنفُسِكُمْ إِلَّا فِي كِتَابٍ مِّن قَبْلِ أَن نَّبْرَأَهَا ۚ إِنَّ ذَٰلِكَ عَلَى اللَّهِ يَسِيرٌ
地上において起ころ災危も,またあなたがたの身の上に下るものも,一つとしてわれがそれを授ける前に,書冊の中に記されていないものはない。それはアッラーにおいては,容易な業である。
23 لِّكَيْلَا تَأْسَوْا عَلَىٰ مَا فَاتَكُمْ وَلَا تَفْرَحُوا بِمَا آتَاكُمْ ۗ وَاللَّهُ لَا يُحِبُّ كُلَّ مُخْتَالٍ فَخُورٍ
それはあなたがたが失ったために悲しまず,与えられたために,慢心しないためである。本当にアッラーは,自惚れの強い高慢な者を御好みになられない。
24 الَّذِينَ يَبْخَلُونَ وَيَأْمُرُونَ النَّاسَ بِالْبُخْلِ ۗ وَمَن يَتَوَلَّ فَإِنَّ اللَّهَ هُوَ الْغَنِيُّ الْحَمِيدُ
こんな者は物惜しみであるから,人びとにも物惜しみを勧める。仮令誰か(主の道から)背き去っても,アッラーは元々満ち足られる御方であり,讃美すべき御方である。
翻訳 — アル・ハディード 22 スーラ アル・ハディード 節 22 - 読む, 聴く, 翻訳, 日本語 : 地上において起ころ災危も,またあなたがたの身の上に下るものも,一つとしてわれがそれを授ける前に,書冊の中に記されていないものはない。それはアッラーにおいては,容易な業である。
スーラ 節 22/29 — スーラ アル・ハディード الحديد (Medinan). 読む 聴く 翻訳 (日本語). 聴く: スーラ アル・ハディード 聴く, スーラ アル・ハディード 翻訳, スーラ アル・ハディード mp3, スーラ アル・ハディード pdf. 節 20–24. 日本語意味: 한국어.