وَمَا كَانَ لَهُ عَلَيْهِم مِّن سُلْطَانٍ إِلَّا لِنَعْلَمَ مَن يُؤْمِنُ بِالْآخِرَةِ مِمَّنْ هُوَ مِنْهَا فِي شَكٍّ ۗ وَرَبُّكَ عَلَىٰ كُلِّ شَيْءٍ حَفِيظٌ ٢١
🔤 Transliteration
Wa maa kaana lahoo `alaihim min sultaanin illaa lina`lama mai yu minu bil Aakhirati mimman huwa minhaa fee shakk; wa Rabbuka `alaa kulli shai`in Hafeez
📖 翻訳 (日本語意味)
📖 日本語意味
しかしかれ(悪魔)は,かれらに対して権威があった訳ではなかった。われは,来世を疑っている者と信じる者を識別しようとしたに過ぎない。本当にあなたがたの主は凡てのことを見守っておられる。
🌐 Additional reference in 한국어
語句の解説: سلطان(スルターン) : 力、支配力、強制的な権威のこと。لنعلم(知るために) : 実際に明らかにして知るという意味であり、アッラーは元々全てをご存知であるが、その知識が現実の世界で顕在化することを指す。حفيظ(ハフィーズ) : 全てを守護し、見守っておられる方。全ての被造物の状態を把握し、その行いに対して報いる方。解釈: この聖句では、イブリース(悪魔)が人間に対して持つ影響力の本質が明らかにされています。イブリースは人間に対して、信仰を放棄させたり不信仰へと強制したりするような絶対的な力や支配権を持っていたわけではありません。彼に与えられたのは、人間を誘惑し、悪を美化して見せるという限定的な役割に過ぎませんでした。
アッラーが彼にこのような誘惑の機会を許されたのには、深い英知があります。それは、来世を確信し、その報酬と懲罰を心から信じる者と、来世について疑念を抱き、確信を持てずにいる者とを明確に区別するためです。言い換えれば、信仰は強制されるものではなく、自由意志による選択であることが試されるのです。誘惑が存在するからこそ、それに抗って信仰を貫く者の真実の信仰が明らかになります。
そして最後に、あなたの主は全てのものを守護される方であると述べられています。アッラーは全ての被造物の行いを完全に把握し、記録し、それに対して公正に報われるのです。誰の行いもアッラーの知識と監視から逃れることはできません。
この聖句から得られる教訓と恵み: 悪魔の誘惑は決して強制的なものではなく、人間にはそれに抗う自由意志と力が与えられているということ。これは人間の尊厳と責任の証です。 試練や誘惑が存在するからこそ、真の信仰が鍛えられ、明らかになるという知恵。困難の中でこそ信仰の真価が発揮されます。 アッラーは全てをご存知であり、全てを守護される方であるため、信者はどんな状況にあっても安心できること。善行も悪行も全て記録され、公正な報いが約束されています。 来世への確信を持つことの重要性。この確信こそが、誘惑に打ち勝ち、正しい道を歩み続ける力の源となります。 人間は自分の選択に対して責任を負う存在であり、その選択の結果は必ずアッラーの御前で問われるという、公正な世界観が示されています。
وَمَا كَانَ لَهُۥ عَلَيۡهِم مِّن سُلۡطَٰنٍ إِلَّا لِنَعۡلَمَ مَن يُؤۡمِنُ بِٱلۡأٓخِرَةِ مِمَّنۡ هُوَ مِنۡهَا فِي شَكٍّۗ وَرَبُّكَ عَلَىٰ كُلِّ شَيۡءٍ حَفِيظٌ ٢١
しかしかれ(悪魔)は,かれらに対して権威があった訳ではなかった。われは,来世を疑っている者と信じる者を識別しようとしたに過ぎない。本当にあなたがたの主は凡てのことを見守っておられる。
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📜 節 19-23 — スーラ サバア
19 فَقَالُوا رَبَّنَا بَاعِدْ بَيْنَ أَسْفَارِنَا وَظَلَمُوا أَنفُسَهُمْ فَجَعَلْنَاهُمْ أَحَادِيثَ وَمَزَّقْنَاهُمْ كُلَّ مُمَزَّقٍ ۚ إِنَّ فِي ذَٰلِكَ لَآيَاتٍ لِّكُلِّ صَبَّارٍ شَكُورٍ
それなのにかれらは言った。「主よ,わたしたちの旅程の間隔をもっと遠くして下さい。」こうしてかれら自らその身を誤まった。われはかれら凡てを粉々にして散らし,(後の人の)語り草とした。本当にこの中には,堅忍して感謝する者たちへの(われの)印がある。
20 وَلَقَدْ صَدَّقَ عَلَيْهِمْ إِبْلِيسُ ظَنَّهُ فَاتَّبَعُوهُ إِلَّا فَرِيقًا مِّنَ الْمُؤْمِنِينَ
イブリースはかれらについて,かれの思惑が図に当たつた。そこでかれらは一部の信者を除き,(凡て)かれに従った。
21 وَمَا كَانَ لَهُ عَلَيْهِم مِّن سُلْطَانٍ إِلَّا لِنَعْلَمَ مَن يُؤْمِنُ بِالْآخِرَةِ مِمَّنْ هُوَ مِنْهَا فِي شَكٍّ ۗ وَرَبُّكَ عَلَىٰ كُلِّ شَيْءٍ حَفِيظٌ
しかしかれ(悪魔)は,かれらに対して権威があった訳ではなかった。われは,来世を疑っている者と信じる者を識別しようとしたに過ぎない。本当にあなたがたの主は凡てのことを見守っておられる。
22 قُلِ ادْعُوا الَّذِينَ زَعَمْتُم مِّن دُونِ اللَّهِ ۖ لَا يَمْلِكُونَ مِثْقَالَ ذَرَّةٍ فِي السَّمَاوَاتِ وَلَا فِي الْأَرْضِ وَمَا لَهُمْ فِيهِمَا مِن شِرْكٍ وَمَا لَهُ مِنْهُم مِّن ظَهِيرٍ
言ってやるがいい。「アッラーを差し置いてあなたがたが(神であると)主張していたものたちに祈るがよい。そんな神々は,天においても地においても微塵の力もない。またその(創造)に当っては,何ら役割を持たず,アッラーにしてもそんな助力者を必要とはしていない。」
23 وَلَا تَنفَعُ الشَّفَاعَةُ عِندَهُ إِلَّا لِمَنْ أَذِنَ لَهُ ۚ حَتَّىٰ إِذَا فُزِّعَ عَن قُلُوبِهِمْ قَالُوا مَاذَا قَالَ رَبُّكُمْ ۖ قَالُوا الْحَقَّ ۖ وَهُوَ الْعَلِيُّ الْكَبِيرُ
かれが御許しになられた者の外,御前での執り成しは無益である。やがてかれらの心の怖れが消えると天使たちは言う。「あなたがたの主は,何と仰せられたのですか。」するとかれらは(答えて),「真理でした。かれは,至高にして至大の御方です。」という。
翻訳 — サバア 21 スーラ サバア 節 21 - 読む, 聴く, 翻訳, 日本語 : しかしかれ(悪魔)は,かれらに対して権威があった訳ではなかった。われは,来世を疑っている者と信じる者を識別しようとしたに過ぎない。本当にあなたがたの主は凡てのことを見守っておられる。
スーラ 節 21/54 — スーラ サバア سبأ (Meccan). 読む 聴く 翻訳 (日本語). 聴く: スーラ サバア 聴く, スーラ サバア 翻訳, スーラ サバア mp3, スーラ サバア pdf. 節 19–23. 日本語意味: 한국어.