翻訳 — Tafsir
### 語句の意味
- تَرَبَّصُونَ:「待ち受ける」「様子を見る」という意味で、ここでは「(相手に何が起こるかを)待ち構える」こと。
- إِحْدَى الْحُسْنَيَيْنِ:「二つの良いことのうちの一つ」。つまり「勝利」か「殉教(シャハーダ)」の二つを指す。
- عَذَابٍ مِّنْ عِندِهِ:「アッラーご自身の御許からの懲罰」。天からの災厄や突然の滅亡などを指す。
- بِأَيْدِينَا:「我々(信徒たち)の手によって」。つまり戦いにおける敗北や捕虜となることを指す。
### 解説
預言者ムハンマド(彼の上にアッラーの祝福と平安あれ)に、こう言うよう命じられた内容です。
「あなたがた(不信仰者たち)は、我々(信仰者たち)に対して、二つの良い結果のうちの一つが起こるのを待っているだけではないか。それは、我々が戦いに勝利するか、あるいはアッラーの道において殉教するかのどちらかである。どちらも我々にとっては名誉ある素晴らしい結果である。
一方、我々はあなたがたに対して、アッラーがご自身の御許から懲罰を下されるか、あるいは我々の手によって(戦いで)あなたがたを打ち負かすことを待っている。
ゆえに、あなたがたは好きなように待つのだ。我々もまた、あなたがたと共に(その結果を)待っている者たちである。」
つまり、信仰者にとっては「勝つか死ぬか」のどちらであっても幸福であり、不信仰者にとっては「アッラーの直接の懲罰か、信仰者たちの手による敗北か」のどちらかが必ず訪れるという、希望と警告が込められた言葉です。
### この節から得られる教訓と導き
- 信仰者の人生は常に勝利である
現世での勝利も、殉教による来世での永遠の成功も、どちらも信仰者にとっては「良い結果」です。この視点は、イスラームが人生の苦難や試練を前向きに捉える力を与えてくれます。
- アッラーへの信頼と確信
信仰者は、結果がどうであれアッラーの御心に委ね、恐れることなく歩み続けます。この確信こそが、心の平安と揺るぎない強さの源です。
- 不信仰者の結末への警告
不信仰者や敵対者に対しては、アッラーの懲罰か、信仰者たちの手による敗北かのいずれかが必ず訪れるという明確な警告があります。これは、悪に対して正義が必ず勝利するという希望を信仰者に与えます。
- 忍耐と覚悟の精神
どちらの側も「待つ」という姿勢ですが、信仰者はアッラーの約束に基づいて待ち、不信仰者は不安と恐怖の中で待つという対比が鮮やかです。信仰者にとっての「待つ」ことは、決して消極的なものではなく、アッラーへの信頼に裏打ちされた積極的な覚悟です。
この節は、信仰者がいかなる状況にあっても希望を失わず、アッラーの約束を信じて前進することの大切さを教えてくれます。そして、イスラームの美しさは、現世と来世の両方において信者に幸福を保証している点にあります。
📜 節 50-54 — スーラ アッ・タウバ
翻訳 — アッ・タウバ 52
スーラ アッ・タウバ 節 52 - 読む, 聴く, 翻訳, 日本語 : 言ってやるがいい。「あなたがたには,光栄ある2つのことの1つの外に,(どんな運命が)期待出来ようか。だがわたしたちには,あなたがた(不信者)のために,アッラーが御自身で懲罰なされるか,またはわたしたち(ムスリム)の手による,(処罰)を期待することが出来る。それであなたがたは待ちなさい。わたしたちもあなたがたと共に待つものである。」スーラ 節 52/129 — スーラ アッ・タウバ التوبة (Medinan). 読む 聴く 翻訳 (日本語). 聴く: スーラ アッ・タウバ 聴く, スーラ アッ・タウバ 翻訳, スーラ アッ・タウバ mp3, スーラ アッ・タウバ pdf. 節 50–54. 日本語意味: 한국어.
クルアーン
Monday, September 7, 2026
Don't forget us in your sincere prayers







