وَالَّذِينَ آتَيْنَاهُمُ الْكِتَابَ يَفْرَحُونَ بِمَا أُنزِلَ إِلَيْكَ ۖ وَمِنَ الْأَحْزَابِ مَن يُنكِرُ بَعْضَهُ ۚ قُلْ إِنَّمَا أُمِرْتُ أَنْ أَعْبُدَ اللَّهَ وَلَا أُشْرِكَ بِهِ ۚ إِلَيْهِ أَدْعُو وَإِلَيْهِ مَآبِ ٣٦
🔤 Transliteration
Wallazeena aatainaa humul Kitaaba yafrahoona bimaa unzila ilaika wa minal Ahzaabi mai yunkiru ba`dah; qul innamaa umirtu an a`budal laaha wa laaa ushrika bih; ilaihi ad`oo wa ilaihi maab
📖 翻訳 (日本語意味)
📖 日本語意味
わが啓典を与えられた者たちは,あなたに啓示されたものを喜ぶ。だが氏族の中には,その一部分を拒否する者がある。言ってやるがいい。「わたしはアッラーに仕え,何ものもかれに比肩してはならないと命じられた。わたしはかれにだけ祈りを捧げ,またかれの御許に帰るのである。」
🌐 Additional reference in 한국어
### 言葉の意味
الْكِتَابَ (啓典): ここでは、ユダヤ教徒に下されたトーラー(律法)と、キリスト教徒に下された福音書を指します。الْأَحْزَابِ (党派・集団): 預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)に敵対して結託した、ユダヤ教徒やキリスト教徒などの不信仰者の集団を指します。مَآبِ (帰り所): 復活の日に全ての被造物が戻る、アッラーへの帰還の場所を意味します。### 解説
アッラーが啓典(トーラーや福音書)を授けた人々の中には、預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)に下されたもの(クルアーン)を喜ぶ者たちがいます。彼らは、クルアーンが自分たちの啓典の内容と一致していることを知り、その真理を認めて歓喜します。例えば、アブドゥッラー・イブン・サラームやナジャーシー(アビシニアの王)のような人々です。
一方、ユダヤ教徒やキリスト教徒の中の党派的な集団(例えば、ナジュラーンのキリスト教司祭たちやカアブ・イブン・アシュラフなど)は、クルアーンの一部を否定します。それは、自分たちの欲望に合わない部分や、彼らが改変した教えを暴露する部分です。
そこでアッラーは、預言者ムハンマド(彼の上に平安あれ)にこう言うよう命じます。「私は、アッラーだけを崇拝し、何ものもアッラーと並べて崇めないよう命じられた。私は人々をアッラーだけの崇拝に招き、私の帰り所もアッラーだけである」と。つまり、預言者の使命は、純粋な一神教(タウヒード)の確立であり、それこそが全ての啓典が伝えた本来の教えなのです。
### 導きと教訓
この節から、私たちは以下の重要な教訓を得ます。
真理の喜び : 啓典の民の中にも、クルアーンの真理を認めて喜ぶ者たちがいたように、誠実に真理を求める者は、たとえ異なる背景を持っていても、啓示の一致を喜び、受け入れるものです。これは、イスラームが排他的ではなく、全ての誠実な人々に開かれていることを示しています。否定の本質 : 真理を否定する人々は、しばしば自分たちの欲望や都合に合わない部分を拒絶します。これは、人間の傲慢さと偏見の危険性を警告しています。私たちは、自分の好みや利益ではなく、アッラーの啓示全体を謙虚に受け入れるべきです。純粋な信仰の核心 : イスラームの本質は、アッラーのみを崇拝し、何ものも並べないことです。この一神教の教えは、全預言者たちが伝えた普遍的なメッセージであり、私たちの生活のあらゆる面で中心となるべきものです。帰還の意識 : 私たちの最終的な帰り所はアッラーです。この世での行いが、来世での私たちの運命を決定します。この意識を持って生きることは、私たちに誠実さと責任感をもたらし、アッラーの喜びを求めて行動する動機を与えます。この節は、私たちが真理を喜び、否定の誘惑に打ち勝ち、純粋な信仰に立ち返り、常にアッラーへの帰還を意識して生きるよう導いています。それは、私たちの心を清め、この世と来世における成功への道を示しているのです。
وَٱلَّذِينَ ءَاتَيۡنَٰهُمُ ٱلۡكِتَٰبَ يَفۡرَحُونَ بِمَآ أُنزِلَ إِلَيۡكَۖ وَمِنَ ٱلۡأَحۡزَابِ مَن يُنكِرُ بَعۡضَهُۥۚ قُلۡ إِنَّمَآ أُمِرۡتُ أَنۡ أَعۡبُدَ ٱللَّهَ وَلَآ أُشۡرِكَ بِهِۦٓۚ إِلَيۡهِ أَدۡعُواْ وَإِلَيۡهِ مَـَٔابِ ٣٦
わが啓典を与えられた者たちは,あなたに啓示されたものを喜ぶ。だが氏族の中には,その一部分を拒否する者がある。言ってやるがいい。「わたしはアッラーに仕え,何ものもかれに比肩してはならないと命じられた。わたしはかれにだけ祈りを捧げ,またかれの御許に帰るのである。」
🖼️ Save Image
🎬 Save Video
📜 節 34-38 — スーラ アル・ラアド
34 لَّهُمْ عَذَابٌ فِي الْحَيَاةِ الدُّنْيَا ۖ وَلَعَذَابُ الْآخِرَةِ أَشَقُّ ۖ وَمَا لَهُم مِّنَ اللَّهِ مِن وَاقٍ
かれらに対しては,現世の生活でも罰が科せられる。だが来世の懲罰は更に厳しい。かれらはアッラー(の御怒り)に対し,守護者もないのである。
35 ۞ مَّثَلُ الْجَنَّةِ الَّتِي وُعِدَ الْمُتَّقُونَ ۖ تَجْرِي مِن تَحْتِهَا الْأَنْهَارُ ۖ أُكُلُهَا دَائِمٌ وَظِلُّهَا ۚ تِلْكَ عُقْبَى الَّذِينَ اتَّقَوا ۖ وَّعُقْبَى الْكَافِرِينَ النَّارُ
主を畏れる者に約束される楽園に就いて言えば,川が下を流れ,常に果実が実り,日陰に覆れている。これが,かれら主を畏れる者の結末である。だが不信者の結末は火獄である。
36 وَالَّذِينَ آتَيْنَاهُمُ الْكِتَابَ يَفْرَحُونَ بِمَا أُنزِلَ إِلَيْكَ ۖ وَمِنَ الْأَحْزَابِ مَن يُنكِرُ بَعْضَهُ ۚ قُلْ إِنَّمَا أُمِرْتُ أَنْ أَعْبُدَ اللَّهَ وَلَا أُشْرِكَ بِهِ ۚ إِلَيْهِ أَدْعُو وَإِلَيْهِ مَآبِ
わが啓典を与えられた者たちは,あなたに啓示されたものを喜ぶ。だが氏族の中には,その一部分を拒否する者がある。言ってやるがいい。「わたしはアッラーに仕え,何ものもかれに比肩してはならないと命じられた。わたしはかれにだけ祈りを捧げ,またかれの御許に帰るのである。」
37 وَكَذَٰلِكَ أَنزَلْنَاهُ حُكْمًا عَرَبِيًّا ۚ وَلَئِنِ اتَّبَعْتَ أَهْوَاءَهُم بَعْدَمَا جَاءَكَ مِنَ الْعِلْمِ مَا لَكَ مِنَ اللَّهِ مِن وَلِيٍّ وَلَا وَاقٍ
このようにわれは,アラビア語で判断(の規範)を下した。知識があなたがたに下った後,かれらの(虚しい)欲求に従うならば,あなたはアッラー(の怒り)に対して,援助者もなく守護者もないであろう。
38 وَلَقَدْ أَرْسَلْنَا رُسُلًا مِّن قَبْلِكَ وَجَعَلْنَا لَهُمْ أَزْوَاجًا وَذُرِّيَّةً ۚ وَمَا كَانَ لِرَسُولٍ أَن يَأْتِيَ بِآيَةٍ إِلَّا بِإِذْنِ اللَّهِ ۗ لِكُلِّ أَجَلٍ كِتَابٌ
われはあなた以前にも使徒たちを遣わし,妻と子孫をかれらに授けた。だがアッラーの御許しがない限り,何の使徒も印を現わすことはなかった。各時代に,一つの啓典が(下されるので)ある。
翻訳 — アル・ラアド 36 スーラ アル・ラアド 節 36 - 読む, 聴く, 翻訳, 日本語 : わが啓典を与えられた者たちは,あなたに啓示されたものを喜ぶ。だが氏族の中には,その一部分を拒否する者がある。言ってやるがいい。「わたしはアッラーに仕え,何ものもかれに比肩してはならないと命じられた。わたしはかれにだけ祈りを捧げ,またかれの御許に帰るのである。」
スーラ 節 36/43 — スーラ アル・ラアド الرعد (Medinan). 読む 聴く 翻訳 (日本語). 聴く: スーラ アル・ラアド 聴く, スーラ アル・ラアド 翻訳, スーラ アル・ラアド mp3, スーラ アル・ラアド pdf. 節 34–38. 日本語意味: 한국어.