アル・ムッダッシル · 55/56
翻訳 ローマ字 — スーラ アル・ムッダッシル
فَمَن شَاءَ ذَكَرَهُ ۝٥٥
Fa man shaaa`a zakarah
📖 日本語意味
だから誰でも欲する者には,それを肝に銘じさせなさい。

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翻訳 — Tafsir

語句の解説:

  • ذَكَرَهُ:「それを心に留める」「教訓を得る」「(クルアーンを)読んで戒めとする」という意味。ここでは、クルアーンを読んで教訓とし、それに従って行動することを指す。

解釈:

この節は、前の節で「実にこの(クルアーン)は、教訓である」と述べられたことに対する結論です。つまり、クルアーンは全ての人にとって十分な戒めであり、導きの書である。そして、その教訓を得たいと願う者は誰でも、このクルアーンを読み、そこに含まれる教えを心に刻み、行動に移すことができる、という意味です。

しかし、これは単に「願えば誰でも自動的に導かれる」という意味ではありません。クルアーンの教訓を得るためには、アッラーがその者に導きを授けたいとお望みになることが前提となります。人間の意志と努力は必要ですが、最終的な導きはアッラーの御心に委ねられています。アッラーこそが畏れられるべきお方であり、従われるべきお方であり、信仰して従う者に対して赦しを与えて下さるお方です。

つまり、この節は「クルアーンは開かれた書であり、誰でもその教訓を得るために手を伸ばすことができるが、その成功はアッラーの助けと慈悲にかかっている」という、人間の努力と神の恩寵の両方を示しています。

この節から得られる教訓と益:

  1. クルアーンは全ての人類に向けて開かれた導きの書であり、年齢や地位、民族を問わず、誰でもその教訓を得る資格があるということ。
  2. 導きを得るためには、自らの意思と努力が必要であるが、同時にアッラーの助けを請い、謙虚に導きを求めることが大切である。
  3. アッラーは畏れるに値するお方であり、同時に赦しを与える慈悲深いお方である。この二つの属性を心に刻むことで、信仰者は希望と畏怖のバランスを保ちながら歩むことができる。
  4. クルアーンを読むこと自体が目的ではなく、そこから教訓を得て、人生をより良く変えていくことが真の目的である。


📜 節 53-56 — スーラ アル・ムッダッシル

53كَلَّا ۖ بَل لَّا يَخَافُونَ الْآخِرَةَ
いや断してそうではない。かれらは来世を恐れていないのである。
54كَلَّا إِنَّهُ تَذْكِرَةٌ
いや,これは正に訓戒である。
55فَمَن شَاءَ ذَكَرَهُ
だから誰でも欲する者には,それを肝に銘じさせなさい。
56وَمَا يَذْكُرُونَ إِلَّا أَن يَشَاءَ اللَّهُ ۚ هُوَ أَهْلُ التَّقْوَىٰ وَأَهْلُ الْمَغْفِرَةِ
だが,アッラーが望まれる者の外は,留意しないであろう。かれは畏るべき御方よく許して下される御方である。
アル・ムッダッシルクルアーン目次
56
MeccanRevelation
55

翻訳 — アル・ムッダッシル 55

スーラ アル・ムッダッシル 節 55 - 読む, 聴く, 翻訳, 日本語 : だから誰でも欲する者には,それを肝に銘じさせなさい。

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クルアーン


Monday, September 7, 2026

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