۞ وَمَا أُبَرِّئُ نَفْسِي ۚ إِنَّ النَّفْسَ لَأَمَّارَةٌ بِالسُّوءِ إِلَّا مَا رَحِمَ رَبِّي ۚ إِنَّ رَبِّي غَفُورٌ رَّحِيمٌ ٥٣
🔤 Transliteration
Wa maa ubarri`u nafsee; innan nafsa la ammaaratum bissooo`i illaa maa rahima Rabbee; inna Rabbee Ghafoorur Raheem
📖 翻訳 (日本語意味)
📖 日本語意味
またわたし自身,無欠とはいえませんが,主が慈悲をかけた以外の(人間の)魂は悪に傾きやすいのです。本当にわたしの主は寛容にして慈悲深くあられます」
🌐 Additional reference in 한국어
### 言葉の意味
أُبَرِّئُ : 無罪を証明する、潔白を宣言する。أَمَّارَةٌ بِالسُّوءِ : 悪を強く命じる(性質)。人間の内なる欲求が罪へと駆り立てることを指す。إِلَّا مَا رَحِمَ رَبِّي : ただし我が主が慈悲をかけられた者(=神の保護によって守られた者)は別である。### 解説
この言葉は、エジプトの高官の妻(ズライハー)が、ユースフ(ヨセフ)の潔白が明らかになった後に述べたものです。彼女は自らの過ちを認め、「私は自分自身を無罪だとは言いません」と告白します。なぜなら、人間の魂(ナフス)は本来、欲望に傾きやすく、悪を命じる性質を持っているからです。しかし、アッラーが特別に慈悲をかけ、守ってくださった者だけが、その誘惑から免れることができます。彼女は自分の弱さを認めつつ、アッラーの寛容と慈悲にすがり、「我が主は、よく赦し、慈しみ深いお方です」と述べています。
この告白は、ユースフが無実であることを証言するものであり、同時に人間の弱さと神の恩寵の必要性を認める謙虚な言葉でもあります。彼女は自分の罪を隠さず、悔悟の念を示し、アッラーの赦しを求める模範を示しています。
### この節から得られる教訓と魅力
自己正当化の危険性 : 人間は自分を過大評価しがちですが、この節は、自己を無罪と主張するよりも、自分の弱さを認める謙虚さが大切であることを教えています。人間の本質と神の助け : 人間の魂は悪に傾きやすいものですが、アッラーの慈悲と保護があれば、誘惑に打ち勝つことができます。これは、信仰者が常に神に頼るべき理由を示しています。悔悟と赦しの扉 : この節は、どれほど過ちを犯しても、誠実に悔い改めればアッラーが赦してくださるという希望を与えます。イスラームの核心である「悔悟(タウバ)」の美しさがここに表れています。人間関係における誠実さ : 自分の過ちを認めることは、人間関係を修復し、信頼を回復する第一歩です。この節は、誠実さと謙虚さが個人の成長と社会の調和をもたらすことを示しています。このように、この節は人間の弱さを直視しつつ、神の無限の慈悲に希望を託す、深い教訓に満ちた言葉です。読む者に、自己反省と神への信頼の大切さを訴えかけます。
۞ وَمَآ أُبَرِّئُ نَفۡسِيٓۚ إِنَّ ٱلنَّفۡسَ لَأَمَّارَةُۢ بِٱلسُّوٓءِ إِلَّا مَا رَحِمَ رَبِّيٓۚ إِنَّ رَبِّي غَفُورٌ رَّحِيمٌ ٥٣
またわたし自身,無欠とはいえませんが,主が慈悲をかけた以外の(人間の)魂は悪に傾きやすいのです。本当にわたしの主は寛容にして慈悲深くあられます」
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📜 節 51-55 — スーラ ユースフ
51 قَالَ مَا خَطْبُكُنَّ إِذْ رَاوَدتُّنَّ يُوسُفَ عَن نَّفْسِهِ ۚ قُلْنَ حَاشَ لِلَّهِ مَا عَلِمْنَا عَلَيْهِ مِن سُوءٍ ۚ قَالَتِ امْرَأَتُ الْعَزِيزِ الْآنَ حَصْحَصَ الْحَقُّ أَنَا رَاوَدتُّهُ عَن نَّفْسِهِ وَإِنَّهُ لَمِنَ الصَّادِقِينَ
かれ(王)は,(婦人たちに)言った。「あなたがたがユースフを誘惑した時,結局どうであったのか。」かの女たちは,「アッラーは完全無欠であられます。かれ(ユースフ)には,何の悪いこともないのを存じています。」と言った。貴人の妻は言った。「今,真実が(皆に)明らかになりました。かれを誘惑したのはわたしです。本当にかれは誠実(高潔)な人物です。」
52 ذَٰلِكَ لِيَعْلَمَ أَنِّي لَمْ أَخُنْهُ بِالْغَيْبِ وَأَنَّ اللَّهَ لَا يَهْدِي كَيْدَ الْخَائِنِينَ
かれ(ユースフ)は言った。「これはかれ(主人)に,かれの不在中わたしが決して裏切らないことを知らせ,またアッラーが裏切り者の悪企みを決して御助けになられないことを知らせるためです。
53 ۞ وَمَا أُبَرِّئُ نَفْسِي ۚ إِنَّ النَّفْسَ لَأَمَّارَةٌ بِالسُّوءِ إِلَّا مَا رَحِمَ رَبِّي ۚ إِنَّ رَبِّي غَفُورٌ رَّحِيمٌ
またわたし自身,無欠とはいえませんが,主が慈悲をかけた以外の(人間の)魂は悪に傾きやすいのです。本当にわたしの主は寛容にして慈悲深くあられます」
54 وَقَالَ الْمَلِكُ ائْتُونِي بِهِ أَسْتَخْلِصْهُ لِنَفْسِي ۖ فَلَمَّا كَلَّمَهُ قَالَ إِنَّكَ الْيَوْمَ لَدَيْنَا مَكِينٌ أَمِينٌ
(これらの報告を聞いて)王は言った。「かれをわたしの許に連れて参れ。わたしは側近としてかれを引き立てよう。」そこでかれ(王)は,かれ(ユースフ)と話を交した後,言った。「今日あなたは,確かにわたしの側近である。高位につけられ,信頼されているのである。」
55 قَالَ اجْعَلْنِي عَلَىٰ خَزَائِنِ الْأَرْضِ ۖ إِنِّي حَفِيظٌ عَلِيمٌ
かれ(ユースフ)は言った。「わたしをこの国の財庫(の管理者)に任命して下さい。わたしは本当に知識ある管財者です。」
翻訳 — ユースフ 53 スーラ ユースフ 節 53 - 読む, 聴く, 翻訳, 日本語 : またわたし自身,無欠とはいえませんが,主が慈悲をかけた以外の(人間の)魂は悪に傾きやすいのです。本当にわたしの主は寛容にして慈悲深くあられます」
スーラ 節 53/111 — スーラ ユースフ يوسف (Meccan). 読む 聴く 翻訳 (日本語). 聴く: スーラ ユースフ 聴く, スーラ ユースフ 翻訳, スーラ ユースフ mp3, スーラ ユースフ pdf. 節 51–55. 日本語意味: 한국어.